2014年06月25日

昨日のTORGに続きパラノイアも日本語版出版だそうだけど

トーグ基本ルール
トーグ基本ルール







どちらのツイートもリツイートは双方400ちょい。

古参というか拡散含めての知名度もそういうレイヤー規模なんだろうなあとソーシャルデータから逆読み。

ニコ動のプレイ動画でTRPGが若年層に認知を拡大してる的な発言をテレビでまで見たが、




TRPGはおろかミスタラ英雄戦記ですらプレイしたこともなさそうなのが総編集長。流石、出版業界。
角川とドワンゴがくっつく事のメリットへのこじつけっぽさがハンパネエ。
マスマーケのつもりでも今日日はステマって一笑に伏されるぞと。

ダンジョンズ&ドラゴンズ ーミスタラ英雄戦記ー
ダンジョンズ&ドラゴンズ ーミスタラ英雄戦記ー

ファミコンのRPGが年間数本というかドラクエとFFとヘラクレスの栄光位しかなかった時代と、
ネットもスマホもソシャゲもある時代では学生たちの時間の使い方は違わないわけがないし。

ヘラクレスの栄光
ヘラクレスの栄光

無料の動画と音楽で時間を潰してる層に6000円台を小遣いの中から徐にホイホイ払うって行動はありえないわけで。

一方でリプレイ動画の再生数などを比較するに、所謂FEAR系の予定調和的な煮えた演技ものよりも、
パーティー全滅とかシナリオ崩壊とかはあってもプレイアビリティに溢れてた古いTRPG側で、
マスターとプレーヤーの知恵比べ的な「お約束でないもの」の方が再生数が多いように感じる。
エンタメとして「視聴者が面白い」のは「そうきたか(WWW」的な掛け合いであって、
自分に酔った「なりきり」のキャラクタープレーで俺TUEEEって自己満足動画で見せられても、
「何このキモイ奴・・・」って反応が客観的なものだろと。ネットのリプレイとかもそう。更にはそんな状態を書籍で金取ってそういうの売るとかどれだけイタイ輩なんだと。
とりまきにチヤホヤされてるテレビ芸人が舞台に立って失笑モノみたいなのと全く同じ状態。客観性って大事だよなー。

TRPG冬の時代の原因はルールを改変したり増やすだけの粗製濫造の一方でエンタメのキーとなる「物語」や「サービス」を提供してこなかった事が大きいと思う。
ハードだけ売って金取って「ソフトは客のお前らが作れ」って客に甘ったれた商売は元々無理がある。

現在も「TRPGは廃れてない」とか主張してる奴もいるが「何と比較して」って数理が存在しないので
「お前がそう思うんならそうなんだろう お前ん中 ではな」としか。

ひだまりスケッチ (1) (まんがタイムKRコミックス)
ひだまりスケッチ (1) (まんがタイムKRコミックス)

出版点数が多いから廃れてないって主張を見かけるが、個々の部数がゴミみたいなものが種類があるから売れているなんてのは絶対言わない。
むしろ逆に1本のコンテンツでの消費量が多い程「ヒットしてる」って言う事を知らないバカだと思われ。
ソードワールドの最初の文庫本よりも部数が出てる新作ゲームが出てなかったら数理的にもビジネス的にも衰退してんだよ。

ソード・ワールド2.0  ルールブックI 改訂版 (富士見ドラゴンブック)
ソード・ワールド2.0 ルールブックI 改訂版 (富士見ドラゴンブック)

国産だけじゃない。D&Dにしても4thはただのフィギュア将棋状態になって、チェーンメール時代にまで退化したの?ってザマだし、ロールはおろかシナリオってのは何処に行ったの?赤箱時代でも「次の部屋にもモンスターってダンジョンはクソ」ってマスタールールブックに書かれてるのに、その有様のものをデルブとかぬかしてる。

Pathfinderだの支持してる層なんかは結局ルールマニア、キャラクター制作マニア共であってそれらの感覚はカジュアルにゲームを楽しみたいという嘗ての多くのプレーヤーや、声からゲームを新規に始める層とは完全に乖離している。

価値観がより多くの人と共有できないものはヒットしないし、衰退を免れない。

結局、AD&Dの本が増えてそれに付随した新ルールが管理できなくなって破綻して、それを仕切りなおすって言い訳が3rdの作成だったわけだが、結局、本を増やしルールを増やし煩雑にしって繰り返しで何一つ過去から学習してないって証拠。

一方でブルース・R・コーデルだのの書くシナリオの方はシャドウフェル城筆頭に評価のザマはズタズタ。

シャドウフェル城の影 (ダンジョンズ&ドラゴンズ H1 英雄級アドべンチャー・シナリオ1)
シャドウフェル城の影 (ダンジョンズ&ドラゴンズ H1 英雄級アドべンチャー・シナリオ1)

新しいシナリオの評判が散々で、クラシックD&D時代のモジュール焼き直しを何度もしてるっての見ても、で今のゲームシステムを作ってる連中はストーリーテリング能力が無いって事を露呈している。

>『水晶窟を越えて Beyond Crystal Cave 』
http://www.hobbyjapan.co.jp/dd/support/files/4e_enc_beyond_crystal_cave_jp.pdf

まあぶっちゃけゲームのプレイやシナリオが面白ければシステムやルールはCD&Dでもいいんだよ。
それを自称ゲームクリエイターどもが何を勘違いしたんだか俺が俺がでやってることはプレーヤーからすればメインのTRPGにおいての楽しみとして大きい価値がある事ではなく、重要なストーリーやサービスを提供してこなかった事が他の娯楽への乖離を招いたってのは明白。

つまるところゲームは新しいとか改訂版だからいいって事ではなくて、
35年前のゲームでも20年前のゲームでも「物語が良いか」「遊ぶ人達に恵まれているか」の方がファクターとして強い。

折角翻訳、出版となったあとの一番世界でコストの高い「日本人を使ったソリューション提供」というものが今後どれだけ浸透するかを分けると思う。

それにはボランタリ的ではあるがどれだけプレーヤーに合ったゲームマスターが存在するかって事なんだよねえ。

オフラインで交通費払ってコンベンションの明細も不明瞭なのに出席のための会費も払って、時間を使う事になっても、何故かいちいち上から目線のDMが自慢げにこのシナリオを何度もやってるだのぬかすが、出来は一本道シナリオをgdgdやらされる状態だったりとかで、時間と金の無駄は兎に角やりきれない。

SNSもこれだけ普及してるのに反りが合うマッチングとかってのをもっとシステマチックにできないもかねえと。地域と趣味と世代のデータがあるだけで割と簡単にできそうだけど。

どこぞの会社が公認GMとか掲載してた記憶もあるが、それ片手に満たない人数でどうすんの?って思った。

卓の編成も大抵リプレイに載ってる出版関係界隈のプレーヤーって煮えたキャラクタープレイか暴走、もしくは和マンチで、同じ卓のビギナーが楽しく遊べるとは思えない面子だよねえ・・・

声の大きい奴が勝った時代は終わったし、品質についても「誰にとっての」だからねえ。

ルールはシンプルにして、そういうコミュニケーションとブロックに関するシステムを上手く構築することの方が肝要に思うんだけど。

長々と書いたがパラノイアは正に「人を選ぶ」と思うんだよね。

>paranoia_jp
http://paranoia.newgamesorder.jp/

マルチゲームも苦手で試合終了ノーサイドになってからも恨み嫉み妬みをズルズルとやる日本人にはなかなかねえ。

まあ人狼とかも長々とネットシステムを経由してネット動画→テレビってキャズムの向こうに浸透してきてるとはいえるんだけど、あれにしたって見るとやるとでは大違いだし、周囲を盛り上げられるかどうかはそれなりに機転が利かないと。ロンブー淳みたいにリーダー風ふかせて全滅敗北にミスリードするやつとかの薄っぺらさを見破る別の面白さとかもあるけどね。

はじめての人狼
はじめての人狼

posted by wolf_howling at 03:42 | Comment(0) | TrackBack(0) | ゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント

この記事へのトラックバック

最近の記事