2017年08月17日

ドン・キホーテ (まんがで読破)

ドン・キホーテ (まんがで読破)
ドン・キホーテ (まんがで読破)

ドンキホーテは小学生時代に文学全集だかで読んで、中学の時に岩波文庫のを読んだ。

ドン・キホーテ 全6冊 (岩波文庫)
ドン・キホーテ 全6冊 (岩波文庫)

その後に20代になって子供用にはどんなアレンジをしてあるのだろうと岩波少年文庫を読んでみた。

ドン・キホーテ (岩波少年文庫 (506))
ドン・キホーテ (岩波少年文庫 (506))

そして更に年をとってから、今度はマンガ版はどんなアレンジをしてあろのだろうと読んでみた。

てな感じで色々と読んで比べてる俺からのレビューだが、
このマンガ版は及第点には及ばない。
編集も機能していると思えない。
子供にも勧められない。


との結論。

原作のあるものを他のメディアにする場合、マンガ化、アニメ化、実写化、ゲーム化など色々あるが、

二次創作で一番良いのは原作の意図を汲み取り、オマージュとして敬意を払いつつ、別メディアであることを生かした拡張表現を行う事で効果を最大にする事ができれば、原作厨に叩かれず、新規顧客層へのマーケに認知を広め、収益的にも拡大を齎す事が出来る。


一方で
邦画がよくやる最悪のやり口は
「既にある原作人気に便乗」
なのに「原作への感謝どころかロクな把握もしない」
挙句に「他人の褌で相撲取ってる分際で、自己主張しようとオリジナル設定だの余計な事する」
結果は必然的な炎上と、騙し討ちされた観客からの金返せ!という当然の評価。


このマンガだと、アクセルとブレーキがおかしいので、リズムが損なわれている。

というのも、最初は多分にこのマンガ作者はマンガを描き始めた段では多分にドンキホーテという主人公が嫌いだったのではなかろうか?
マンガ的な誇張表現はあるものの、主人公なのに描き方が雑なのが伝わる。
サンチョにしてもそうだ。

多分に、一通り作品に目を通すなどのの把握を行わず、あらすじ的な概要の段でキャラクターデザインを行ったのではなかろうか?

一方で原作者であるセルバンテスの思惑は、冒頭だけを読んだだけの読者に対しては成功している証拠だ。

そもそもセルバンテスは何故ドンキホーテを書いたか。

セルバンテスは暦がグレゴリオ暦としては別日ではあるがシェイクスピアと同じ日付に死んだ人物である。
ミゲル・デ・セルバンテス グレゴリオ暦1616年4月23日に死亡。
ウィリアム・シェイクスピア 1616年4月23日(グレゴリオ暦5月3日)に死亡。

シェイクスピアのルネサンス文学には宮廷劇のハムレットには亡霊、マクベスには3人の魔女、夏の夜の夢には妖精王オベロンと女王ティタニアにパック、テンペストには空気の精エアリエルが出てくる。
王や騎士、妖精が出てくる所謂、現代で言う「ファンタジーもの」の要素があり、それがヒットしてた。

一方でセルバンテスは読書大好き少年だったが、レパントの海戦で被弾して左手をやられながらも長年の従軍をし、しかも度重なる捕虜としての投獄や脱獄失敗を繰り返す。そして無敵艦隊の敗北により失業。
その後、税金未納で豚箱の中にいたセルバンテスが着想を得て、貧乏しながら家族を養うために書いたのがドンキホーテ前編だ。

散々に現実に苦しめられていたセルバンテスからすれば、ファンタジー演劇のヒットは現実逃避に映ったのではなかろうか?

だから騎士道物語にうつつをぬかし、現実と物語の区別がつかなくなってしまったドンキホーテを愚かな人物としてdisって笑いものにしてもらう事が本来のセルバンテスの狙いなのだ。

このマンガにも「コスプレ?」って台詞があるように、当時の人でもコミケだのでもないのに鎧を着て其処らをウロウロしてれば、おいおいヤベー奴だぜ!って思われる変なオジサン。それがドンキホーテだ。

ところがである。

この道化はスペインだけでなく英語、仏語に翻訳されるほどに人気者になってしまった!
そして贋作まで出る始末。
かくて続編が書かれて、その中で贋作をドンキホーテ自身の口を借りてセルバンテスは無関係とし、ドンキホーテが目指していた行先までサラゴサからバルセロナに変更している。
そして、メタフィクションとしてドンキホーテ前編を読んだ人物が作中に出たりもしている。

なのだが、このマンガだとそういう所を生かせていない。
確かに長い話だし、前半はドンキホーテ自身と関係ない短話も入って居たりなので、端折れるけども、その端折り方も下手。

それと最大の問題はラストである。

多分にこのマンガの描き方からして、作者自身も最初は変なジジイでしかなかったドンキホーテが気に入って来たのか丁寧な書き方になっている。

それとサンソン・カラスコのデザインはナディアに出て来たサンソンのパロディのつもりだろうとか俺は読んだんだけど、

ふしぎの森のマリー (アニメージュ文庫―ナディアストーリーズ)
ふしぎの森のマリー (アニメージュ文庫―ナディアストーリーズ)

コイツの扱いで原作で端折ってはいけない箇所がばっさり無くなっている。

そしてラストである。

セルバンテス自身も道化として創ったキャラのドンキホーテではあったものの、長らく作品を書くうちに愛着がわいたのだろう。彼の口を借りて色々と批判も行っている。

しかし、本来の話としてはファンタジー小説を読みまくって随時コスプレしてるドンキホーテはセルバンテスが否定しなければいけない人物像である。
騙されやすい粗忽な面もあるものの、現実をちゃんと見ているサンチョ・パンサが夢想家のドンキホーテとセットであるからこそ回る話だった筈だ。

そして、このマンガのラストは最期の最期でセルバンテスの意図を裏切り、ドストエフスキーが絶賛した形でなくしてしまった。

マンガ家という職業からすると、ドンキホーテのラストはシビアに映ったかもしれない。
だからといって原作を歪曲し台無しにしたことは許されるものではない。

まんがで読破シリーズとやらはタイトル数もそれなりにあるみたいだが、既に1冊目で俺の中の評価は
原作人気に便乗した商売。って判断になった。

ロシナンテや、マンブリーノの兜とかも辛うじて軽く触れられてるだけだし。

Veronese (ヴェロネーゼ) ドン・キホーテ サンチョ・パンサ 馬 ブロンズ風 フィギュア
Veronese (ヴェロネーゼ) ドン・キホーテ サンチョ・パンサ 馬 ブロンズ風 フィギュア

posted by wolf_howling at 08:33 | Comment(0) | マンガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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